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京都地方裁判所 昭和43年(ワ)472号 判決

原告

中尾一子

他二名

代理人

野呂清一

被告

大阪マツダ販売株式会社

代理人

関田政雄

外一名

右当事者間の損害賠償請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、原告中尾一子の本訴請求を棄却する。

二、被告は原告中尾喜儀に対し金二八三、三三三円およびこれに対する昭和四三年四月一八日から完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

三、被告は原告中尾一義に対し金二八三、三三三円およびこれに対する昭和四三年四月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

四、原告中尾喜儀および原告中尾一義のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用中、原告中尾一子について生じた分は、同原告の負担とし、原告中尾喜儀について生じた分は、これを五分し、その四を同原告の負担とし、その一を被告の負担とし、原告中尾一義について生じた分もこれを五分し、その四を同原告の負担とし、その一を被告の負担とし、被告について生じた分は、これを一五分し、その五を原告中尾一子の負担とし、その各四宛を原告中尾喜儀と原告中尾一義との各負担とし、その二を被告の負担とする。

六、この判決は原告中尾喜儀或は原告中尾一義において各金三〇、〇〇〇円の担保を供するときは、当該原告は、各その勝訴部分に限り仮執行ができる。

事実《省略》

理由

一原告ら主張の請求原因(1)および(2)の各事実については、当事者間に争いがない。

二原告らは、本件事故の際、本件自動車が被告のために運行の用に供されていた旨主張するので検討する。

(1)、本件事故当時、本件自動車は訴外小田俊雄所有として登録されていたが、被告において保管されていたことおよび被告が自動車の販売兼修理を営業とするもので、訴外安田光義の使用者であつたことは当事者間に争いがない。

(2)、〈証拠〉を総合すれば、本件自動車は和洋建築請負業を経営する訴外小田俊雄の所有名義に登録され、同訴外人の所有に属していたところ、右訴外人は昭和四一年五月一三日頃、自動車の販売兼修理を営業とする被告に対し、被告所有の一トン積の小型四輪貨物自動車の売却方を申込み、同時に、その代金の一部に充てるべく、本件自動車を被告に交付した。被告は、本件自動車の下取り価格を査定すべくこれを大阪市浪速区西円手町所在の被告の工場において保管していたところ、昭和三六年三月より自動車修理工として被告に採用され、右被告工場に勤務していた訴外安田光義が昭和四一年五月一九日午後七時頃、その日の仕事を終え、直ちに、被告のセールスマン西某に断つて、本件自動車を右工場から出し、これを運転して同日午後八時半頃京都市右京区梅津前田町所在の右訴外人の住所に帰つた。訴外安田光義は本件自動車によつてその友人を訴外安田光義の右住所から、京都市北区所在の大徳寺の附近にある右友人の自宅まで送るべく、同日午後一一時本件自動車に、その友人を乗せ、訴外安田光義が本件自動車を運転して、右友人の自宅に至り、右友人を降ろし、同日午後一一時五〇分頃、訴外安田光義が、ただ一人本件自動車に乗り、これを運転して、同訴外人の前記住所に帰る途中本件事故が発生したものである。被告は昭和四一年五月二五日訴外小田俊雄に対し、一トン積の小型四輪貨物自動車を代金五〇五、〇〇〇円で売渡し、同時に本件自動車の価格を金二六五、〇〇〇円と協定して、本件自動車の所有権を譲受け、これによつて右訴外人より右代金中金二六五、〇〇〇円の支払いを受けたことにする旨約したことを認定することができ、右認定に反する〈証拠〉はたやすく措信できず、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(3)、右認定事実によれば、本件事故の際、本件自動車は、自動車の販売兼修理を営業とする被告に保管されていたものであり、本件事故の際、本件自動車を運転していたものは、被告に自動車修理工として雇われていた訴外安田光義であるから、客観的外形的には、本件事故の際の右訴外人による本件自動車の運行は、被告のためにする運行と認められるので、被告は、自余の点について判断するまでもなく、本件自動車の保有者として自賠法第三条により、本件事故によつて訴外中尾博儀が死亡したことによつて生じた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

三原告らは訴外中尾博儀が本件事故によつて死亡したことによつて金四、八八一、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失し、右訴外人が右金額相当の損害を被つた旨主張するので検討するに、〈証拠〉は、たやすく措信できず、その他に右原告の主張を肯認するに足る証拠はなく、却つて、〈証拠〉によれば、訴外中尾博儀は生来酒好きで、昭和四〇年四月頃以降は酒乱とも云うべき性状となり定職なく、僅かに酒を得るために労働するのみで、右訴外人の妻である原告中尾一子および同訴外人の子であるその余の原告らは昭和四〇年五月から生活保護を受けて生活していたことが認められ、右認定事実によれば、訴外中尾博儀は、その死亡以前に、同訴外人の生活費を控除して尚残額が生ずる程の収入を得ていなかつたものということができ、従つて、本件事故がなかつたならば右訴外人が昭和四一年五月二〇日以降その生活費以上の収入を得るであろうことを認定することはでず、原告らの右主張は採用できない。

四原告中尾一子は、被告に対し、訴外中尾博儀が本件事故によつて死亡したことについて慰藉料請求権が存在する旨主張するので検討する。

(1)、訴外中尾博儀が本件事故によつて死亡した昭和四一年五月二〇日当時、原告中尾一子が右訴外人の妻にしてその余の原告両名が右訴外人と原告中尾一子との子であつたことは当事者間に争いがない。

(2)、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、原告中尾一子は昭和四〇年四月八日京都家庭裁判所に対し、訴外中尾博儀を相手方として、「右訴外人の酒好きが昂じて、同訴外人が酒を得るために僅かに日傭いとして働くのみで、家庭を顧みないのみならず、家財道具等も大部分入質し、それによつて得た金で酒を飲み、酔えば石原告およびその余の原告らに対し暴行をする」ことを理由として「原告中尾一子と右訴外人とを離婚する」旨の調停を申立てたこと。右両名はともに離婚する意思はあつたが、右両名の子である原告中尾喜儀(昭和二八年一〇月二三日生)および原告中尾一義(昭和三六年八月一七日生)の親権者を誰にするかについて合意に達せず、遂に昭和四〇年五月一九日、原告中尾一子と右訴外人との間に、「(一)、当事者双方は当分の間別居して生活することを承認する、(二)、その別居期間中、右訴外人はその行動を慎み右原告の気にさわるが如き行為は絶対にしないことを誓約する、(三)、若し、右別居期間中に右訴外人の行為が良好になつた場合には直ちに、右原告は右訴外人方に帰宅し、若し悪行を重ねる場合には、右原告から離婚を請求されても、右訴外人において異議はない」旨の調停が成立したこと、および右原告は昭和四〇年三月一五日以降右訴外人と別居していたことをそれぞれ認定することができ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、本件事故は、右調停が成立した日の深夜に起つたもので、本件事故当時原告中尾一子と訴外中尾博儀とは離婚寸前にあつたものということはできるが、原告中尾一子は未だ訴外中尾博儀の妻であつたもので、右訴外人の死亡によつて精神的損害を蒙らなかつたものということはできず、右原告中尾一子が訴外人の葬儀やその後の法事に参列しなかつたとしても、右の結論を左右するものではない。よつて、原告中尾一子は、被告に対し本件事故によつて右訴外人が死亡したことについて慰藉料請求権を有するものということができる。

五被告は、本件事故の発生については、訴外中尾博儀にも過失が存在した旨主張するので検討する。

原告主張の請求原因(1)の事実は当事者間に争いがなく、この争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、本件事故当時、本件事故現場である道路は、その全幅員は約二〇メートルにして歩道車道の区別はなく、その中央の幅約一七メートルはコンクリートで舗装されていたが、その両側には、約三メートルの非舗装の部分があり、該道路の両側は工場地帯にして、夜間の照明としては該道路の両側に、約三〇メートル間隔で、トロリーバス架線に極めて暗い街路灯があるのみであつたから、夜間においては他の照明がなければ約一〇メートル先がようやく確認できる程度の明るさしかなく、該道路の交通量は深夜においては少く、右道路における制限速度は時速五〇キロメートルであつたこと。訴外中尾博儀は昭和四一年五月二〇日午前〇時二〇分頃、泥酔していたが、右道路を南から北に横断しようと、足踏二輪自転車を押して、右道路の中央辺に至り、一度右自転車とともに転び、暫くして起き上り、自転車も起して、これを押して該道路の中央辺をふらふらと歩きかけたとき時速約六〇キロメートルで走行して来た訴外安田光義運転の本件自動車に衝突されたものであることを各認定することができ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故の発生について、被害者である訴外中尾博儀にも過失があつたものということができる。(過失相殺における被害者の過失は、不法行為の成立要件としての過失とは異なり、注意義務違反ではなく、単なる不注意でよいと解する。)

六原告中尾一子が本件事故当時訴外中尾博儀の妻にして、その余の原告らが右訴外人の子であることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、前記右訴外人の過失、その他本件に顕われた諸般の事情を考慮するときは、原告らが本件事故による右訴外人の死亡によつて蒙つた精神的損害の慰藉料は、原告中尾一子において金二〇〇、〇〇〇円、その余の原告らにおいて金各八〇〇、〇〇〇円とするを相当とする。

七被告は、被告が昭和四一年六月七日ごろ原告らに対し、本件事故によつて訴外中尾博儀が死亡したことについて見舞金として金一〇〇、〇〇〇円を支払つた旨主張するも、これを認定するに足る証拠はない。(〈証拠〉によれば、被告は、訴外中尾博儀の姉婿に対し、訴外中尾博儀が本件事故によつて死亡したことに関して右訴外人の姉が費用を支出したことについて、その見舞金として金一〇〇、〇〇〇円を交付したことは認められる。)

八次に、被告の抗弁(3)について検討するに、〈証拠〉によれば、原告らは、京都簡易裁判所に対し、被告と訴外安田光義との両名を相手方として損害賠償請求の調停の申立をしたところ、原告らと訴外安田光義との間においてのみ、昭和四三年四月一日、右裁判所において、「右訴外人が原告らに対し、本件交通事故の損害賠償として金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払い義務を認め、内金三〇〇、〇〇〇円は昭和四一年六月二三日に、内金五〇〇、〇〇〇円は昭和四三年四月一日に各支払い済みであり、残金二〇万円の内金五〇、〇〇〇円は昭和四三年一二月二〇日限り支払う、訴外安田光義が右のとおり履行したときは、原告らは残金一五〇、〇〇〇円の支払い義務を免除する。右訴外人が、右を履行しないときは、右免除の特約は失効する」旨の調停が成立するし、原告らと被告との間の調停は成立しないものとして、該調停事件を終了させたことが認められ、右認定に反する〈証拠〉は、たやすく措信できず、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被告は、訴外安田光義が、右約旨どおり金五〇、〇〇〇円の支払いを履行した旨主張するも、これを認めるに足る証拠はないが、たとえ、右訴外人が原告らに対し、右金五〇、〇〇〇円を右約旨に従い昭和四三年一二月二〇日限り支払つて、原告らから金一五〇、〇〇〇円の支払義務の免除を得たとしても、右訴外人と被告とが、本件事故によつて訴外中尾博儀が死亡したことに基づいて原告らに対して負担する損害賠償債務は不真正連帯債務であり、右債務者らにとつて、弁済は絶対的な債務消滅の事由となるが、免除は相対的効力しかないものと解するを相当とするのみならず、前記認定事実によれば、原告らは、訴外安田光義に対してのみ、金一五〇、〇〇〇円の支払義務を免除したもので、被告に対しては、何らの権利も放棄したものではないということができるから、右の被告の抗弁は採用できない。

九原告らが、本件事故による訴外中尾博儀の死亡について、訴外安田光義から金八五〇、〇〇〇円の支払いを受け、更に自賠法による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円の支給を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、訴外中尾博儀の葬儀費用は右訴外人の兄中尾政蔵において支出したので、訴外安田光義より昭和四一年六月二三日訴外中尾政蔵に対して、訴外中尾博儀の葬儀費用として金三〇〇、〇〇〇円が支払われた。それで、昭和四三年四月一日成立した前記調停においては、原告らが、訴外安田光義から、右葬儀費用金三〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたものではないが、原告らが、その支払いを受けたものとして、右訴外人から右葬儀費用金三〇〇、〇〇〇円を含めて金八五〇、〇〇〇円の支払いを受ける旨の調停が成立したことが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて、原告らの前記慰藉料請求債権から控除すべきものは、右金八五〇、〇〇〇円から右葬儀費用を控除した残金五五〇、〇〇〇円と自賠法による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円との合計金一、五五〇、〇〇〇円である。

原告らの訴外中尾博儀の遺産に対する相続分が三分の一宛であることは、当事者間に争いのないところであり、特別の事情の認められない本件においては、右金一、五五〇、〇〇〇円は、右相続分に応じて、原告らが取得したものと解するのが相当である。

そうすると、原告中尾一子は金五一六、六六六円、その余の原告らは、いずれも金五一六、六六七円宛取得したものということができる。

一〇原告中尾一子の慰藉料は金二〇〇、〇〇〇円であるから、右収入によつて、十分償われており、右原告の本訴請求は失当である。

原告中尾喜儀および原告中尾一義の慰藉料は各金八〇〇、〇〇〇円宛であるから、これから右取得金を差引けば残金は金二八三、三三三円である。

一一よつて、原告中尾喜儀および原告中尾一義の各本訴請求中各右金二八三、三三三円およびこれに対する本件訴状副本が被告に送達された日の翌日であること記録編綴の郵便送達報告書によつて明らかな昭和四三年四月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲内においては相当であるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。(常安政夫)

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